厚生労働省の「年収の壁」対応策について
急に秋めいた陽気になり、朝晩は冷える日も増えてまいりました。
寒暖差によって体調を崩しやすい季節ですし、今年はインフルエンザの流行も早く到来していると聞きますので
体調管理には気を付けていきたいですね。
さて先月末「『年収の壁』が崩壊!」などという報道をご覧になった方も多いのではないでしょうか。
今回はその内容と、厚労省から発表された「年収の壁・支援強化パッケージ」についてご紹介したいと思います。
年収の壁とは?
そもそも、年収の壁とは…?というお話から始めましょう。
所得税や住民税、社会保険料などは、ある一定の年収を超えるとその税や保険料が課されることとなります。
この年収のボーダーラインが「壁」と呼ばれているわけです。
このいわゆる「壁」には、税制上の壁と社会保険上の壁の大きく分けて2種類がありますが
ここでは社会保険上の壁について取り上げていきたいと思います。
1.106万円の壁
1つめの壁は106万円の壁です。
この壁を超えると、101人以上の企業にお勤めの方については年収106万円を超えると
勤務先の社会保険に加入しなければならなくなります。
2016年より短時間労働者の社会保険加入条件が段階的に変更され
現在は2022年10月からの変更に伴い、従業員数101人以上の企業で
① 週の所定労働時間が20時間以上
② 所定内賃金が月額8.8万円以上(通勤手当・残業手当は含まない)
③ 2カ月を超える雇用の見込みがある
④ 学生ではない
の条件を満たすパート・アルバイトの方は社会保険への加入が必須となっております。
この②の「月額8.8万円以上」を年収に換算すると約106万円となりますね。
このため、106万円が1つ目の壁として認識されているわけです。
ご注意ください!
短時間労働者の社会保険加入要件は2024年10月より、従業員数51人以上の企業に適用されることとなっています。
適用まであと1年を切りましたので、該当される企業の皆様は改めて内容のご確認をお願いいたします。
※ご参照 日本年金機構 ガイドブック「従業員数100人以下の事業主のみなさまへ」(事業主用)(PDF)
2.130万円の壁
次に130万円の壁です。
こちらの壁の方が意識されることが多いのではないでしょうか?
年収が130万円以上となると、配偶者等の扶養から外れなくてはならず
ご自身で国民年金や国民健康保険に加入し保険料を納めなければなりません。
106万円の壁を超えた場合は、勤務先の社会保険に加入するため
将来は厚生年金を受給できることとなりますが、
130万円の壁を超えた方のうち、これまで第3号被保険者となっていた方の場合は
「将来の年金額が増えないのに社会保険料の負担だけが増える」…ということになってしまいます。
壁を意識せず働けるように…「年収の壁・支援強化パッケージ」
ところで現在、配偶者に扶養され、社会保険負担がない層の約40%が就労しているそうです。
その中には「壁」を意識して就労調整をしている人が一定数存在していると考えられます。
この就労調整をしている方がいる一方で、社会的には慢性的な人手不足に陥っているという現状があります。
今回はそれを打破するために
「壁」を意識せずに働ける環境づくりの後押しをするために「年収の壁・支援強化パッケージ」が作られたというわけです。
以下でその内容を見ていきましょう。
1.106万円の壁対策
106万円の壁への対応は
「パート・アルバイト社員の社会保険加入に伴い、手取りを減らさない取り組みをした企業を助成金で支援する」という内容です。
具体的には以下2点が紹介されています。
① キャリアアップ助成金:社会保険適用時処遇改善コースの新設
既存のキャリアアップ助成金に
パート・アルバイト社員が社会保険に加入する際、
手当等にて収入を増加させる、所定労働時間を延長させる等の取組を行った事業主に対して
助成されるコースが新設されます。

出典:厚生労働省 第168回社会保障審議会医療保険部会 資料4「年収の壁・支援強化パッケージ」について
助成額以外にも注目したいのは、
これまで上限のあった一事業所当たりの申請人数の撤廃や、
支給申請時の提出書類の簡素化等の事務負担の軽減も盛り込まれている部分です。
要件に該当する場合、スムーズな申請が可能となることが期待されます。
② 社会保険料の算定基礎とされない社会保険適用促進手当
新たにパート・アルバイト社員が社会保険の適用となった場合に
労働者の保険料負担軽減のため、社会保険料の算定対象としない「社会保険適用促進手当(※)」を支給することを可能とします。
(※最大2年間の時限措置、労働者本人負担分の保険料相当額を上限とする)
年収が減らないようにと手当を支給されても、
その手当の金額分、社会保険料が上がってしまっては本来の手当の意味が失われてしまいます。
そのため「社会保険適用促進手当」については社会保険料の算定の基礎としない、という対応策が考えられたわけです。
2.130万円の壁対策
一方、130万円の壁への対応では、
被扶養者認定の円滑化が策として打ち出されました。
年収130万円を超えてしまうと「扶養から外れてしまう」わけですが、
一時的に収入が増加し、130万円以上の年収となった場合、すぐさま被扶養者認定を取り消すのではなく、
総合的に将来の収入見込みを判断することとされました。
例えば、パート社員として働く方が
「今年は12月の残業が予想以上に多くて、年収が130万円を若干超えてしまった…」という場合でも
今後も引き続き、収入が130万円を超えるかどうかを総合的に判断して扶養認定を行うということになります。
その収入見込みを判断する際
過去の課税証明書や給与明細書、雇用契約書等様々な書類から判断することが基本ですが、
今回の「パッケージ」では
事業主の「これは一時的な収入変動です」という証明を添付することで
連続2回を上限として被扶養者認定を迅速に行うことができるようになります。
これによってパート・アルバイト社員の方は
繁忙期の残業や、人手不足による労働時間の延長を気にせず就業ができそうですね。
企業側としても年末の繁忙期にかけてシフトを調整する社員のために人手不足に陥ることも避けられそうです。
3.「壁」以外への対応策…配偶者手当への対応
106万円、130万円の壁の他に、扶養範囲内で働くパート・アルバイト社員の配偶者の会社に
「配偶者手当」等がある場合、一定の就業調整が行われていると考えられています。
そこで今回の「パッケージ」では、企業の支給する配偶者手当の見直しが進むよう
見直しの手順をわかりやすく示す資料を作成・公表するとしています。
また、収入要件のある配偶者手当の存在によって、就業調整が起こっていることや、
配偶者手当の支給企業が減少傾向にあること等を周知していくことで、
特に中小企業でも見直しの動きが強まるよう働きかけていくということです。
さいごに
最低賃金の全国平均が1,000円を超え、中小企業等も賃上げしやすい環境となっている今、
時給が上がっても「壁」が変わらなければ、時間を削って収入を調整するしかありません。
本当はもっと働きたいのに…という方もいらっしゃるはずです。
働く方本人の希望に応じて可能な限り就労できる環境の構築がこれからますます進んでいくことを期待したいと思います。
今回の「パッケージ」は2年間の時限措置ということで、
2年後に控える年金制度の大改革までのつなぎではないかという声も聞こえてきます。
今後は国民年金の第3号被保険者のあり方も含めてより深い議論がなされるものと思われます。
なお、この「パッケージ」は今年10月から開始されることとなっておりますが
具体的な手続き等詳細については未だ明らかになっていない部分があります。
今後の新しい情報の公開が待たれますが、
ご自身の会社でどのような対応が必要なのかを予めご検討いただくきっかけにしていただければと思います。
ご参考
●厚生労働省
年収の壁・支援強化パッケージ
いわゆる「年収の壁」への当面の対応について
「年収の壁」への当面の対応策
●日本年金機構
短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大
ガイドブック「従業員数100人以下の事業主のみなさまへ」(事業主用)(PDF)